SHORT Essay
ショートエッセイ
空想旅行のすゝめ 08 “空想旅行”
空想旅行のすゝめ
頭の中はとっても広いから、旅に出よう
第二弾は旅をテーマにしました。
今はコロナで、旅に出ることはできません。
でももしできるならどこに行きたい?何をしたい?
さてさて、8回目は自由の国とも言われている『タイ』への空想旅行です。
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僕は田舎に住む25歳。普通のサラリーマンだ。
毎日同じ時間に起き、同じ道を通り会社へ向かい、
いつもの席から変わらない景色を見ながら仕事をしている。
今日も窓からちょうど正面に見える電柱にカラスが2羽とまっているのが見える。
なんだか気楽で楽しそうだ。
『最近の若者は何を考えて生きて、仕事をしているのか全くわからない。何が楽しいんだ?』
そんなことを言われたって困ってしまう。
何かを一生懸命考えたところでお金がもらえるわけではないし、
楽しみを増やすだけお金は減っていく一方だ。
生きていくだけで必死なのである。
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いつも通りの仕事を終えアパートへ帰り、
なんとなく映画を見ながらカップラーメンを食べシャワーを浴びる。
髪の毛を乾かし終わっても1日を終えるにはまだ早い時間だったため、
ベッドに入りさっきまで見ていた映画『ザ・ビーチ』の続きを見る。
レオナルド・ディカプリオ主演のこの作品は、
何かを求めて一人旅でタイにやってきた青年が、
“伝説のビーチ”を探す有名作であり、とても大好きな作品だ。
自分もこんな刺激的な旅や人生が送れたら、と何度思ったことか。
ただ実際に行動に移せないでいるのは、
本当は臆病者だからだということはわかっている。
そんな自分にも嫌気がさしてくる。
そう考えているうちに眠気が襲ってきた。
画面を消し、代わり映えのない明日を迎える準備をして電気を消した。
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「おい、起きろ!いつまで寝てんだよ!」
聞き覚えのある声に起こされる。
小学校からの親友リョウスケ。先週も駅前に二人で飲みに行ったばかりだ。
「朝からうるさいなぁ、、、てかなんでお前がおれの家にいるんだよ?」
「なんでって、一緒に旅行にきてるからだろ?
しかもお前んちじゃなくて、ここホテルな。」
言っている意味が全くわからない。
昨日もいつも通り自分の部屋で寝たはずなのに、
今はリョウスケと一緒にいて旅行に来ている?
「はやく出かけないともったいないぞ!寝ぼけてないで準備しろ!」
リョウスケに急かされるままとりあえず服を着て、
携帯と財布だけ持ってホテルの外に出る。
目の前に広がってきたその光景は、
昨日見たはずの映画『ザ・ビーチ』の冒頭で流れていたような街の風景だ。
人が溢れかえったように多く、車やバイクがこれでもかと通り、
おまけにとんでもなく暑い。
着ている半袖を肩までたくし上げる。
「それで今日は、とりあえず午前中にバンコク市内を歩いて回って、
午後は電車で2時間のところにある・・・」
リョウスケが予定を組んでくれていたらしく、
今日の予定を発表している。
悪いがあまり頭に入ってきていない。
まだ混乱している中でも理解しているのは、
リョウスケと一緒にタイに来ているということだけだった。
一瞬夢ではないかとも思ったが、
それにしては全てが鮮明すぎる。
不安ばかりが募る一方、どこかワクワクしている自分もいた。
音、匂い、言葉、景色、全てが感じたことのないもので、
今まで住んでいた世界とは別の世界にいるみたいだ。
レオナルド・ディカプリオには到底及ばないが、
映画の主人公になった気分。
「今日の予定聞いてたか?まぁ、いいわ。ちゃんとついてこいよー。」
ひとまずリョウスケについていくことにした。
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僕たちはいろいろなところを見て回った。
バンコク市内を歩き、
有名そうなお寺やスポットを観光し、
今まで食べたことのないものも食べまくった。
僕は基本何でも食べられるのだが(むしろ美味しいと感じている)、
リョウスケは意外と癖のある食べ物が苦手だということを、
十何年も一緒にいて初めて知った。
夜はタイのお酒を飲んでその独特な雰囲気を楽しんだ。
そんなことをしていたらあっという間に1日が終わった。
自分が思っている以上に楽しみすぎてしまった上、
アルコールのせいもありその日はホテルに戻り速攻寝てしまった。
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「よし、今日は念願の象に乗りにいくぞ!」
朝から隣ではしゃいでいる。
2日目のメインは象に乗りに行くことみたいだが、
話を聞くとそれがまぁ遠いらしい。
ちょっとした冒険に行くみたいで、少し楽しみではある。
電車を長い時間かけて乗り継ぎ、
そこからトゥクトゥクで片道20分くらいの場所にそこはあった。
運転手の兄さんと2時間後に同じ場所で集合する約束をして別れた。
「シャシントルヨ!カメラカシテ!」
象に乗っている間そんなことを言われたが、騙されない。
「ちなみにいくらですか?」
と聞くと
「200バーツ!」
危ない危ない。
僕たちはお金に余裕があったわけではないのでしっかり断った。
象に乗って楽しんだその帰り。
駅までの帰りも約束していたはずの、トゥクトゥクの兄さんがどこにもいない。
時間になっても現れず、さらに30分以上待っても姿を現すことはなかった。
お金を先に支払ってあったが、
しょうがなく別のトゥクトゥクを探すことにした。
だが、場所がかなり田舎の方だからなのか、
タイミングが悪いせいなのか1台も見当たらない。
「歩きだな」
僕が言わないようにしていた言葉をリョウスケが言った。
Googleマップでは徒歩約2時間と書いてある。
僕たちは気温30度越えの中、ただただ歩き続けた。
これじゃ本当の冒険じゃないか。
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しばらく歩いていると
一人の少年がこちらに近寄ってきた。
日本で言えば大体小学校低学年くらいだろうか。
「これ」
手に何かオレンジ色の果物のようなものを持っている。
買って欲しいってこと、だよね?
「いくら?」
「1袋50バーツ」
高い金額ではないが、
正直見た感じからすると安くはない。
少年には悪いと思ったが、
食べ方も、そもそも何なのかもわからないものを買う勇気はなかった。
「ごめんよ今はいらないや。ところで君は毎日ここで働いてるの?」
何気ない興味から質問してみる。
「そう、毎日!うちはお金がないからご飯を食べるために働いているんだ。」
当たり前のように笑顔で答える。
「そっか、、頑張って!」
そう伝えて僕たちはその場を立ち去った。
その後の道中、
僕は少年にかけた言葉をずっと考えていた。
『頑張って』とは言ったものの、
果たして何を頑張ってもらえばいいんだろう。
学校にも行けず、家族のために毎日汗水垂らして働いて、
彼はすでに頑張っているのではないだろうか。
むしろ頑張っていないのは思いっきり僕の方ではないか。
何も考えずに会社へ行き、
目の前の仕事だけを片付け、
時間になったら帰る。
家に帰っても明日が来ないように
だらだら時間だけを潰す作業をする毎日。
生きていくだけで必死だ、
なんて言っていた自分がなんだか恥ずかしく、情けなくなった。
もっと1日を大切に生きる努力をするべきではないか。
そうでもしないと少年に失礼だ。
そんなことを考えているうちに駅に到着した。
お互い猛暑の中を歩き続けたせいで、
リョウスケはほぼ電車の席に着いたと同時に眠っていた。
僕も窓の外をぼーっと眺めていたら眠気が襲ってきた。
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ジリリリリリリリリリ・・・・・・
目覚まし時計が鳴り響く。
目を開けると、僕はアパートのいつもの部屋にいた。
テーブルの上には食べ終わったカップラーメンの容器が置かれている。
「…なんだ、結局夢か」
少し残念だ。
普段会社に行く時間より1時間も早く起きてしまったが、
なんとなく仕事の準備をして家を出た。
朝ごはんも食べてみたりして。
一番乗りで会社に着いた僕は、
いつもとは違うその風景を楽しみながら、
ずっとやろうと思っていたデスクの整理整頓をした。
なんだか気持ちがよく、
仕事も捗りそうな気がする。
いつか見た本で、
『狂気。それは、同じことをずっとやりながら、違う結果を望むことである。』
とアインシュタインも言っていたのを思い出した。
来月になったらまだ使ったことのない有給を使って、
1ヶ月ほど一人旅でもしてみようと思う。
目的地はもちろん自由の国『タイ』。
いろいろ考えただけでワクワクしてきた。
有給申請を書く自分の手をふと見ると、
秋も終盤に差し掛かるこの時期にしてはやけに真っ黒だった。